墨爾本一周天氣,中国絵画史ノート 元時代 絵画の変、趙子昂と復古主義

关注

元時代1279-1368の絵画の変文人画の成立モンゴルによる征服王朝江南の漢人への差別、科挙の廃止蒙古(モンゴル人、征服民族)色目(イスラム人、モンゴルへの協力者、西方民族)漢人(華北の漢人、金国治下の漢民族)南人(江南の漢人、江南の遺民、漢民族)10ランク1.モンゴル2.イスラム…8.芸人、娼婦9.儒者10.賎民江南の士大夫層は下級官吏あるいは在野の処士に官僚×地主△文人○江南文人の隠逸的活動演劇:元曲元末四大家の黄公望も戯曲家絵画:文人画の成立文人(アマチュア、“老人力”の芸術)隷家←→行家(プロ)北宋末蘇軾らの理論化1.写意>形似(一種の抽象表現主義)2.胸中の逸気、拙>技巧3.復古主義(内面化)

中国絵画の3つの特性からみた宋から元への転換

1.社会性職業画家(宮廷画家)→文人画家(元に画院はない)2.地域性華北→江南(南北問題)3.絵画性著色画と水墨画、絹→紙、墨→筆元代前半は過渡期多様な様式(→元末四大家により文人画の古典的完成)1.董巨派(五代董源、巨然の流れ)の復古江南の伝統唐の古拙な青緑山水の継承と復古を含む2.李郭派(北宋李成、郭煕の流れ)の復古華北の伝統3.南宋院体画を浙江地方様式として守旧(前浙派)→明代浙派へ4.禅宗水墨画の文人画化、道釈人物画のデフォルメ5.墨竹、墨蘭、墨梅の文人墨戯の発展

銭選1235頃‐1301以降呉興(浙江省湖州)で活躍南宋末景定(1260-64)年間の郷貢進士、元になってからは南宋の遺民、在野の文人として売画により生計アルカイックで図式的な青緑山水、精緻な花鳥画を得意にする意図した古拙さ、不器用さをねらい、宋代絵画からの転回を行った先駆者山水画:《山居図巻》紙本著色26.5×111.6北京故宮博物院金碧青緑山水の復古自題:山居惟愛靜,日午掩柴門。寡合人多忌,無求道自尊。鷃鵬俱有志,蘭艾不同根。安得蒙莊叟,相逢與細論。吳興錢選舜舉畫并題。「舜舉印章」「舜舉」「錢選之印」印《幽居図巻》紙本著色27×115.9北京故宮博物院青緑山水の復古《浮玉山居図巻》紙本墨淡上海博物館花青など淡い色彩、幾何学的形態《王羲之観鶩図巻》紙本著色23.2×92.7メトロポリタン美術館人物画:《楊貴妃乗馬図巻》フリア美術館元末明初花鳥画:1289年以前《八花図巻》紙本著色29.4×333.9北京故宮博物院海棠、梨花、桃花、桂花、秋海棠?、梔子、月季?、水仙無署名「舜舉」印画と同紙に1289趙孟頫跋:右吳興錢選舜舉所畫八花真跡,雖風格似近体,而傅色姿媚殊不可得。爾來此公日酣于酒,手指顫抖難复作此。而鄉里后生多仿效之,有東家捧心之弊,則此卷誠可珍也。至元廿六年九月四日同郡趙孟頫。1294年《花鳥三段図巻》紙本著色38×316.7天津博物館花鳥三段図巻寫生折枝、沒骨碧桃一翠鳥、白牡丹、垂枝白梅各段自題「翰墨遊戲」「錢氏舜舉」「錢選之印」「舜舉印章」、末段詩後款“至元甲午畫于太湖之濱並題”「霅溪翁錢選舜舉畫印」「舜舉」「舜舉」「舜舉」「舜舉印章」「錢選」「錢選舜舉」「錢選之印」「錢氏」「翰墨遊戲」「翰墨遊戲」明李書樓→陳汝器→清耿紹忠→內府乾隆帝、嘉慶、宣統帝『欽定秘殿珠林』『石渠寶笈續編』等著錄《梨花図巻》紙本著色31.1×95.3メトロポリタン美術館《来禽梔子図巻》紙本著色29.3×78.3フリア美術館《桃枝松鼠図巻》台北故宮博物院《秋瓜図》紙本著色63.1×30cm台北故宮博物院「東陵瓜」の故事《蓮花図》紙本42×90.3山東省博物館1971年山東省鄒県九龍山、魯王朱檀(1370-89、朱元章第10子)墓出土自題:袅袅瑤池白玉花,往來青鳥靜無嘩。幽人不飲閑攜杖,但憶清香瓣月華当時から贋作が多く、日本にも無名の職業画家による伝銭選花鳥画が多数伝来

趙孟頫ちょうもうふ1254-13221299年自画像頁部分[生涯]字 子昂すごう、号 松雪道人、趙文敏などとも呼ばれる呉興人南宋の宗室孝宗の実父趙子偁5代の孫趙孟堅1199-1295とは従兄弟1254年南宋理宗寶祐二年生。父は至正議大夫趙與訔生家は湖州市甘棠橋畔南、孫衙河頭55號到65號の故居(二層三進六開臨河廊屋式建築)とされる(元沈夢麟詩:蓮花莊北長橋東,客來卜居水晶宮。參差樓閣煙塵外,窈窕山川圖畫中。細雨新帆來舞動,故家喬木鎮東風。請看杜牧題詩處,千古風流一笑間。)宋末地方官に宋滅亡後、呉興に隠棲 1286年至元23年、元の世祖フビライに召され大都 (北京) に、官位につく世祖、成宗、武宗、仁宗、英宗諸帝の信任をうけ5朝に仕えた妻の管道昇1262-1319、子の趙雍も書画、墨竹をよくした日本人との交流:1307年頃入元した雪村友梅1290-1347が行浙江等拠儒学提挙の趙孟頫と会い墨を贈られる(『雪村行道記』)[作品]元代文人書画の基礎を作ると同時に後世に多大な影響復古による革新詩書画ともにすぐれ「詩書画一体」をうちだす詩文:『松雪斎文集』書:楷行を得意とし、草篆に優れ、章草を良くした王羲之、王献之を優美かつ秀勁な古典的書風「趙体」として復古(以下、尺牘の推定年代は単国強「趙孟頫信札繋年初編」を参考。4階段区分は北京故宮2017年趙孟頫展を参考にした。)1286年33歳以前呉興期:1282至元19年頃 行書《杜甫秋興詩巻》上海博物館晋唐書風を学ぶ29歳頃跋と40年後最晩年1322年69歳の再跋。「趙孟頫」印未凹と再跋凹印第一階段:45歳(大德二年,1298)前,用筆古拙、結体方闊是得自鍾繇、褚遂良的遺緒,肥厚円勁、捺筆特重是受智永、徐浩的影響。1287-94年34-41歳北京済南期:1289年小楷《禊帖源流巻》高麗紙26×219.5台北故宮博物院姜夔『蘭亭考』を野翁の爲に北京で書した1309年自跋趙孟頫尺牘二帖冊台北故宮博物院致鮮于枢『論古人書蹟札』台北故宮博物院《二贊二詩巻》北京故宮博物院41-43歳頃(王連起)の大字行書1295-99年42-6歳休病帰郷期:壮年期の書風、趙体の形成期、学二王を学び唯美的1295年以降(鵲華秋色図巻の頃)書趵突泉詩巻33.1×83.3台北故宮博物院致民瞻宰公《趙孟頫十札巻》上海博物館《趙孟頫七札冊》台北故宮博物院《趙孟頫管道昇尺牘合璧巻》北京故宮博物院1297年44歳12月5日行書《歸去來辭卷》上海博物館「孟俯」款粒粒の書第二階段:45—55歳(大德二年至至大元年,1298—1308),以“二王”為風範,淹有衆長,機杼自出,用筆講究,結搆厳謹,軽霊婉転,珠円玉潤。1299-1309年46-56歳浙江江蘇期:趙体の成熟期、姿媚温潤1301年1月8日《赤壁二賦冊》子昂“趙氏子昂(平)”印台北故宮博物院1303年頃楷書《玄妙観重脩三門記巻》紙本東京国立博物館1305年《周易繋辭巻》北京故宮博物院致明遠提挙『柔毛帖』《趙孟頫尺牘詩翰》台北故宮博物院行書『過蒙帖』29.5×39.6等4札 《趙孟頫集冊》北京故宮博物院《趙孟頫六帖冊》台湾陳氏蔵『恵書帖』北京故宮博物院第三階段:56—60歳(至大二年至皇慶二年,1309—1313),書風日趨剛健挺拔,字形也由方闊化為頎長。●1309年『承教帖』《趙孟頫致中峰和尚六札》静嘉堂文庫美術館管道昇『秋深帖』(趙孟頫代書)26.9×53.3北京故宮博物院1309年5月14日章草《急就章冊》23紙上海博物館要検討1309年7月31日楷書《湖州妙嚴寺記巻》“松雪斎”偽印プリンストン大学美術館1309年9月15日章草《急就章巻》遼寧省博物館要検討明解縉等跋1310-18年57-65歳再赴北京期:中晩年から晩年へ1310年行書《蘭亭十三跋》紙本東京国立博物館1310年行書《王羲之書》紙本24.4×117メトロポリタン美術館●1311年『長兒帖』、1313年『暫還帖』『幼女帖』『仏法帖』『亡女帖』行書《趙孟頫致中峰和尚六札》静嘉堂文庫美術館(1304,1310説)子を失った哀傷が胸を打つ1312年『呉門帖』《趙孟頫致中峰和尚十一札冊》台北故宮博物院第四階段:61歳至去世(延祐元年至至治二年,1314—1322),人書俱老,筆力深沉扎実,筆勢雄健放縦,姿緻灑脱依然,蒼勁老到。1314年行書《萬壽曲卷》北京故宮博物院1319-22年66-69歳晩年帰郷期:老年の特色、趙体の姿媚の中に雄健の勢1316年小楷《道徳経巻》24.5×618.6孟頫“趙氏子昂”印北京故宮博物院付老子像1316年《酒德頌》28.5×65.2子昂“趙氏子昂”印北京故宮博物院1319年延祐6年 楷書《九鍔墓誌銘巻》陽明文庫1319年小楷《洛神賦冊》各25.7×10.3北京故宮博物院(画像のみ)1320年9月13日小楷《漢汲黯伝冊》永青文庫1320年3月楷書《杭州福神観記巻》趙6印偽印北京故宮博物院晩年楷書の代表作1320年10月行書《道經生神章卷》北京故宮博物院1319年『去家帖』《趙孟頫七札冊》台北故宮博物院1319-20年《趙孟頫致中峰和尚十一札冊》(『呉門帖』を除く)台北故宮博物院1322年『旬日帖』『乞米帖』《趙孟頫雑書四帖》北京故宮博物院無紀年書:草書《千字文卷》24.1×240.6北京故宮博物院章草の筆致行書《帰去来辞巻》遼寧省博物館成熟期の作1297上博本より以降行書《洛神賦卷》29×220.9子昂北京故宮博物院趙氏行書の代表作行楷書《昔尋李愿詩卷》30×99.5北京故宮博物院晩年の力作行書《七絶詩冊》34.7×35.3北京故宮博物院晩年大字行書行書《閑居賦巻》台北故宮博物院晩年呉興期李邕の用筆が加わる行書《煙江疊嶂詩卷》遼寧省博物館大字行書要検討沈周・文徴明山水長跋

画:北宋末李公麟の白描画を習う山水、蘭竹古木石、人馬などを得意にする中国絵画史における「絵画の変」とも呼ぶべき文人画の基礎付けと方向性を行い、直接的には元末四大家へ、間接的には後世の文人画に多大な影響《秀石疏林図巻》 紙本墨画北京故宮博物院コピー別紙自跋:石如飛白木如籀,寫竹還於(應)八法通。若也(還)有人能會此,方(須)知書畫本來同。書画用筆一致論(石は飛白、木は大篆、竹は楷書の線を用いてそれぞれ描くとよい)早期:1286年33歳以前呉興期:1286年以前《謝幼輿丘壑図巻》絹本著色 プリンストン大学美術館六朝風の青緑山水詩的古拙主義『晋書』顧愷之伝「また謝鯤の肖像を作ったとき、岩山の中にある姿を描いてこう言った。「この方は丘壑のなかにいらっしゃるのがふさわしい。」(「又為謝鯤像、在石巌裏、云、此子宜著丘壑中」)を絵画化呉興姚式、鄧榆木、虞集、宋無題:黄塵汙人廊廟具,蕭散風流誰比數。清言善畫浪相傳,遺恨千年機上女。趙雍題:右先承旨早年作幼輿丘壑圖,真迹無疑。拜觀之余,悲喜交集,不能去手,無言師宜寶之。雍倪瓚題:自題:予自少小愛畫,得寸缣尺楮,未嘗不命筆模寫。此圖是初傅色時所作,雖筆力未至,而粗有古意。迩來須發盡白,畫乃加進,然百事皆懶,欲如昔者作一二圖,亦不可得。右之要予再跋,故重書以識之。孟頫。趙雍題:右先平章初年所作。雍至正十七年春至錢塘,鄒伯常複以見示,拜觀之余,悲喜交集,展玩不能去手。伯常宜寶藏之。趙麟題:此圖乃先大父早年所作,真迹無疑。至正丁酉四月,拜觀于會稽之寓舍。宇文公諒、楊維禎題:伯常避難東徙,家資如山,委棄不複顧戀,獨珍惜此畫,不忍使失去。客中時一展玩,辄欣然自慰。雅好異于流俗,深可敬也。1287-94年34-41歳北京済南期:壮年期:1295-99年42-6歳休病帰郷期:1295年《鵲華秋色図巻》紙本著色28.4×93.2台北故宮博物院周密のため山東省済南市近郊のの名山・華山と鵲山を描く自題:公謹父。齊人也。余通守齊州。罷官來歸。為公謹說齊之山川。獨華不注最知名。見於左氏。而其狀又峻峭特立。有足奇者。乃為作此圖。其東則鵲山也。命之曰鵲華秋色云。元貞元年十有二月。吳興趙孟頫製。(華山の西にある鵲山を東としたのは「筆誤」乾隆帝跋;自識の大部分に欠損、明代文派による補写。鈴木敬説『中国絵画史中之二』注33;北が下にくる古代地図観念からは東でよい。高木森説)楊載1271-1323、董其昌5跋

鵲華秋色図巻乾隆題詩を省略したもの鵲山華山鵲山華山1.様式:董源の復古しかし空気や光の表現はなくやや抽象化2.技巧:乾筆=擦筆(すりつけかすれた墨)のタッチによる実在感3.視覚:統一した地平面(プリンストン大学方聞氏の説)4.構図:「一河両岸」前景と後景の間に湖水江山図、江南画のバリエーション《江村漁楽図》団扇絹本著色クリーブランド美術館1296年《趙氏三世人馬図巻》 メトロポリタン美術館1299年《自画像頁》 絹本著色北京故宮博物院謝幼輿丘壑図と似るコピー?晩年:1299-1309年46-56歳浙江江蘇期:1302年8月16日《蘭竹石図巻》 紙本墨画上海博物館コピー1302年11月15日《水村図巻》 紙本墨画北京故宮博物院元人等57跋趙孟頫水墨山水画の基準作知的で抽象的な写実平淡1303年2月6日《重江畳嶂図巻》 紙本墨画台北故宮博物院李郭派の復古1303年暮春《紅衣西域僧図巻》 紙本著色 遼寧省博物館精品1320年自跋1310-18年57-65歳再赴北京期:1312年《秋郊飲馬図卷》北京故宮博物院柯九思跋1319-22年66-69歳晩年帰郷期:1321年《趙氏一門三竹図巻》 紙本墨画北京故宮博物院コピー1321年《竹樹野石図》 絹本墨画王季遷コピー?無紀年画:《双松平遠図巻》 紙本墨画メトロポリタン美術館李郭派の復古別本:上海譚敬工作室よる楊載跋も含む迫真の摹本シンシナティ美術館《呉興清遠図巻》絹本著色上海博物館茜色痛み元人崔復の模本と合巻《二羊図》 紙本墨画フリア美術館肥羊・痩山羊の象徴《墨竹図》 紙本墨画50.5×144.1cmクリーブランド美術館コピー29跋《古木竹石図》北京故宮博物院飛白の筆法書画一致の思想《茅亭松籟図》団扇台北故宮博物院《洞庭東山図》絹本著色上海博物館明代呉派による偽作?《山水三段巻》紙本墨画上海博物館元人による3点の山水画呉湖帆跋

1.董巨派の画家

高克恭1248-1310ウイグル人、大同(山西省)の藉、北京の房山に移る元の官僚、一時江南に1309《雲横秀嶺図》絹本著色台北故宮博物院米法山水の復古《春山欲雨図》絹本著色上海博物館無款、晚年の作

盛懋せいぼう嘉興(浙江省)人南宋の職業画家盛洪の子董巨様式を技巧的に扱う《山居納涼図》絹本著色ネルソン美術館ちぢれた披麻皴、大観的な山水《秋舸清嘯図》絹本著色上海博物館人物山水

方従義1302頃-1393[生涯]字は無隅,号は方壺、不芒道人、金門羽客、鬼谷山人。貴溪(江西省)の人。正一道派の上清宮道士。1343年至正三年には大都(北京)にて蒙古道士張彥輔、色目進士余闕などの文人と交わる[作品]詩文、古隸、章草、山水画、特に雲山墨戲に巧み。自ら「太行者,天下之脊,而居庸、虎北者,天下之岩險也,其雄城奇麗,非江南所有。天府之藏,王公巨人之所有,皆古之名畫,余所願見者,今皆見之,而以慊吾之志,充吾之所操。」(『青陽文集』卷四)という。「學道于龍虎(山),心迹超邁,不汙塵垢,時寫山水,有奇趣。若武夷、匡廬、恒岱、華不注諸山,數爲余圖之,而仙岩者又常所坐臥其間也。」(元末危素『危太樸文集』)明代王世貞「品之逸者也」の評。梁楷、高克恭、倪瓚、徐渭、八大山人の逸格の系譜1338至元四年雲林図危太樸のため1348年《惠山舟行図》28.2x50台北故宮博物院款:至正戊子十月。過訪白雪先生。舟次惠山作此。奉贈碧溪道友。方方壼「方壼書印」「周大夫方叔之後」印《雲山図巻》紙本墨画淡彩 26.3×144メトロポリタン美術館1359年《武夷放棹図》北京故宮博物院題款:武夷放棹、自題:敬堇簽憲周公,近采蘭武夷,放棹九曲,相別一年,令人翹企。因仿巨然筆意圖此,奉寄仲宣佈,幸達之。至正己亥冬,方壺寓烏石山識。「方壺清隱」印1360年《太白瀧湫図》紙本水墨105.6×46.1大阪市立美術館自題:至正廿年庚子歲二月望後三日,爲彥嘉老友寫太白瀧湫圖。上清羽客方壺墨戲。1365年《神嶽瓊林図》120.3×55.7台北故宮博物院1377年《雲林靈秀図》水墨紙本23.5×105道教第32福地龍虎山を描く款:方方壺畫。洪武丁巳方壺子作贈鄧止還朝。印:方壺書印(朱文)、不芒道人(白文)、墨池清興(朱文)沈周→1691高士奇跋→乾隆内府→清末溥儀→民間→張伯駒父子→中貿聖佳著録:大觀錄19卷2、江村銷夏錄1卷72、式古堂畫考23卷63、石渠三編10冊16801379年《溪橋幽興図》63.3×35北京故宮博物院題款:溪橋幽興・方從義、自題:方壺臨高公雙筆,己未春寄雲生文雅靖室。「金門羽客」「畫中神品」印《山陰雲雪図》台北故宮博物院款:金門羽客方方壺倣高尚書。為芹美學士作于滄洲闕里。「方壺真逸」印《高高亭図》62.1x27.9台北故宮博物院隸書題:高高亭圖、章草自題:李君子高昔於南谷丈人坐上會之,今不遠百里求予圖此,已三年矣。醉後縱筆,寫之如此。方方壺。杜道堅(1237-1318)号南谷子、杭州宗陽宮住持、元代を代表する道士の一人明楊士奇(1365-1444)→清宋犖(1634-1713)→乾隆内府《白雲深處図》上海博物館《瀟湘雨意図》正木美術館淡墨の雨竹1462瑞渓周鳳賛自題:方方壺「思公山人」「方壺真逸」印張宇初(1359-1410)の墨竹評「題方壺真人墨竹歌」「題方壺真人淇堂墨竹行」

2.李郭派の画家

曹知白1271-1355華亭(上海市松江)の大資産家北京で官僚のち隠遁1329《双松図》 絹本墨画台北故宮博物院壮年期の作1350《群峰雪霽図》 紙本墨画台北故宮博物院晩年抽象的な秩序感黄公望題詩西瑛(阿里木八刺、有名な散曲家)のために描く1351《蔬松幽岫図》 紙本墨画北京故宮博物院白描山水《寒林図》 絹本墨画北京故宮博物院《雪山図》 紙本墨画北京故宮博物院雲西爲古泉作

朱徳潤1294-1365睢陽(河南省)の藉、蘇州生れ北京で官僚のち隠遁詩文集『存復斎集』1349《渾淪図巻》 紙本墨画上海博物館自画賛+1円相+李郭派の松石1548文徴明、万暦張鳳翼2跋1364《秋野軒図巻》紙本墨淡北京故宮博物院江南の書斎図巻後自跋比較して肝に銘じよ!→フリア美術館に近代1940年代の極めて精巧なコピー《林下鳴琴図》 絹本墨淡120.8×58台北故宮博物院晩年の代表作

唐棣とうてい1296-1354呉興人北京で官僚のち地方官を歴任《倣郭煕秋山行旅図》 絹本墨画淡彩台北故宮博物院比較:郭煕《早春図》郭煕画の統一が壊れ、モチーフ単位に分裂《松蔭聚飲図巻》 絹本墨画淡彩上海博物館北方平遠の景に4人飲酒

姚彦卿ようげんけい-14C中頃あるいは姚廷美の名呉興人職業画家あるいは文人?1340頃《雪景山水図》 絹本墨画淡彩ボストン美術館

3.馬夏派の画家

孫君沢元後期の杭州の院体画家(前浙派)中国では失伝、日本の室町水墨画へ影響《楼閣山水図》絹本著色カリフォルニア・ケーヒルコレクション《楼閣山水図》絹本墨淡静嘉堂文庫美術館四季4幅のうち夏秋○《雪景山水図》絹本著色東京国立博物館空間の統一が壊れモチーフの抽象化◎《高士観眺図》絹本墨画淡彩102.5×83.0東京国立博物館伝孫君沢

4.道釈人物画家

王振鵬14C浙江省温州人界画、白描が得意仁宗1311-20から「孤雲処士」の号を賜う《伯牙彈琴図》 絹本墨画淡彩北京故宮博物院

伝王振鵬《唐僧取経図冊》2冊32図絹本著色43.1×34.5cm日本個人蔵李郭派に様々な様式を折衷『西遊記』形成期の物語の絵解き(磯部彰)

張渥1340-1356頃活動淮南(安徽省)人、銭塘(浙江省杭州)で活動道釈人物画家、白描が得意1346年9月呉叡篆書《九歌図巻》紙本墨画上海博物館画と書は別紙1346年10月呉叡篆書《九歌図巻》紙本墨画遼寧省博物館倪瓚爲李思斎跋1361年《九歌図巻》紙本墨画クリーブランド美術館楮奐1361跋

因陀羅14C中国では失伝の禅余画家開封の光教寺の住持インド人説、杭州天竺寺僧説など楚石梵琦1296-1370との合作「禅機図」5点●禅機図断簡《寒山拾得図》 紙本墨画東京国立博物館楚石梵琦題賛●禅機図断簡《智常禅師図》 紙本墨画静嘉堂文庫美術館楚石梵琦題賛他に散聖図巻、禅会図巻、祖師図巻の断簡数点が伝わる

顔輝字秋月廬陵(江西省吉安県)人宋末元初に鬼神を得意にした道釈人物画家日本に顔輝派の作品が多数舶載される◎《蝦蟇鉄拐図》双幅絹本著色京都知恩寺顔輝の代表作空気の表現◎《寒山拾得図》双幅絹本著色東京国立博物館顔輝派の作

5.墨竹、墨蘭、墨梅の画家

李衎りかん1245-1320[生涯]字仲賓、息斎道人と号、薊丘(北京)人官は江浙行省章政事、仁宗朝1312年吏部尚書に昇るも翌年致仕没後、翰林学士承旨を追贈され薊国公に追封、謚は文簡子の李士行も竹画をよくした[作品]竹の生態に精通し、設色の双鉤竹と墨竹、2種の画法いづれもよくした。著に竹の画論『竹譜詳録』双勾着色竹:1318年延祐五年《紆竹図》 絹本著色広州美術館1318年《勾勒竹石図》2幅絹本著色189.9×55.2メトロポリタン美術館俯葉款:延祐戌午冬季息斎同人筆「李衎仲賓」「息斎」印《勾勒竹石図》絹本著色185.5×153.7北京故宮博物院俯葉墨竹:1296年元貞二年《墨竹図巻》紙本墨画Dubosc款:息斎李衎「李衎仲賓」「息斎」印1308年《四清図巻》紙本墨画蘭竹石桐明代中期に2巻に分割される前半:37.47×237.49ネルソン美術館趙孟頫・元明善題一清春竹:仰葉→二清夏竹:仰俯葉・筍後半:35.6×359.8北京故宮博物院周天球跋三清秋竹:俯葉・蘭・2石→四清夏竹:仰葉・梧桐款:大德丁未秋九月,王玄卿道送至此紙,求予拙筆,事多未暇。明年春正月一日,始得了辦,燈暗日昏,白日視之,不知何如也。息齋道人薊丘李仲賓題。「息齋仲賓」「息齋」印明項元汴、清安岐、乾隆等內府印1319年延祐六年《新篁図》絹本墨画131.5×89.7北京故宮博物院仰葉竹1319年延祐六年《修篁樹石図》絹本墨画152×100南京博物院俯葉1320年延祐七年《墨竹図》絹本墨画144.8x97.0宮内庁三の丸尚蔵館織田信秀(1511-52)→名古屋万松寺→1880年皇室に献上江戸時代中林竹洞(1776-1853)らへ影響《双勾修篁樹石図》絹本墨画163.5×102.5北京故宮博物院俯葉《四季平安図》絹本墨画131.4×51.1台北故宫博物院濃淡4竹、右辺石《沐雨図》絹本墨画111.5×55台北故宫博物院雨後の俯葉《双松図》絹本墨画156.7×91.2台北故宫博物院2本松、古木细竹「仲賓更字息斎」、乾隆5璽、晋府図書、式古堂書画印など《枯木竹石図》絹本墨画160.1×85.8インディアナポリス美術館李士行筆?

李士行1283-1328字遵道、薊丘(北京)人。李衎の子官は黄岩知州。李士行《大明宮図》が仁宗の眼にとまり五品官に命ぜられる詩書画みな風致。古木竹石においては父に優り、山水を善くした古木竹石の主題:1326年《清泉喬木図》絹本墨画165.7×108.6クリーブランド美術館《寒林図》絹本墨画171.5×97.5ハーバード大学フォッグ美術館以上2作とインディアナポリス美術館《枯木竹石図》は姉妹関係《古木石竹図》絹本墨画129.5×39.7北京故宮博物院《古木幽篁図》絹本墨画169.6×100.4上海博物館款:蓟丘李士行遵道作「李士行印」「李氏遵道」「游戯翰墨」印題:天台釈智奫(ちいん)《竹石図》絹本墨画3横拼170×92.3遼寧省博物館款:蓟丘李士行遵道作「李氏遵道」印

顧安1289?-1368?字定之呉(蘇州)人毘陵、泉州などの地方官を歴任した墨竹画家《墨竹図》 絹本墨画台北故宮博物院《翠竹図》絹本著色東京吉祥寺鈎勒竹

雪窓-1349以降[生涯]法諱は普明、俗姓は曹、字は雪窓、華亭(上海市松江)人平江(江蘇省蘇州)にて出家、晦機元煕の法嗣1338年虎丘雲岩寺、1344年承天能仁寺の住持を歴任、病のため虎邱東菴に退く1349年復た承天能仁寺に住持弟子に日本僧・頂雲霊峰など[作品]文人の支持「戸戸雪窓の蘭」(祖柏)、しかし「雪窓の蘭や祖柏の古木・菖蒲は、ただ僧坊に置けばよく、文房の清玩とするに足りない」との評(夏文彦『図絵宝鑑』1365)、現存遺品はすべて日本に伝来1342年至正二年蘭図絹本墨画125.4×35.5長楽寺雪窓落款、柯九思、慮集、朱石1314~1378、楊彜、不明3人賛1343年《墨蘭図》4幅絹本墨画淡彩宮内庁光や風や湿度の表現1345年《光風転蕙図》絹本墨画77.2×45.5cmシアトル美術館落款「至正旃蒙作噩夏五為通甫作光風轉蕙。雪窗。」「雪窗」「物外清楽」印《墨蘭図》2幅絹本墨画根津美術館《風竹図》絹本墨画76.2×44.8クリーブランド美術館

王冕おうべん1287?-1359「方外司馬」白文印[生涯]字元章、号竹齋、別号老村、煮石山農、飯牛翁、會稽外史等。諸曁(浙江省)人生涯は清時代『儒林外史』などにより伝説化儒学者韓性(1266-1341)の弟子。師の没後、紹興城内で母を養い後、郷里に帰る科挙に何度か落第、長江中下流域を游歴1347年頃大都(北京)へ、秘書卿・泰不華(1304-1352)に寄留1348年至正八年南帰1354年会稽九里山へ妻子を連れ隠居処士として梅画を売り暮す1359年至正十九年元末の乱の折、朱元璋の婺州幕府にいき諮議参軍として紹興攻城の策をたてたが、病を発して急逝したといわれる[作品]詩:詩集に『竹斎詩集』712首。杜甫社会風刺詩の反骨の伝統、題詠は144首篆刻:篆刻を善くし、詩書画篆刻一体の先駆「初無人,以花藥石(青田石)刻印者,自山農(王冕)始也。」「山農用漢制刻圖書,印甚古。江右熊口巾笥所蓄頗夥,然文皆陋俗。見山農印大歎服,且曰:天馬一出,萬馬齊喑。于是盡棄所有。」(明劉績『霏雪録』)→参照:王冕落款画:墨梅の専家宋代の「疎枝浅蕊」から「千花万蕊」を創始、明代へと発展花弁は宋楊無咎の1筆3頓挫に対し、1筆2頓挫の圏花法(白梅)と没骨の点花法(紅梅)の2種点花法は胭脂の着彩を始めたといわれるが現存遺品は墨点が主1344年至正四年《墨梅図》 紙本墨画台北故宮博物院呉鎮墨竹と梅竹双清図巻に合装1346年至正六年5月3日《梅花図巻》纸墨30.8×92.2上海博物館滬1—0202△至正六年五月三日余偕永嘉鄭吝天台慧雲□□赤松山道過龍壽覺慈蘭若會貞叟師…沈流亭下過龍壽…会稽農王冕元章拝書「元章」印後題:1345年趙仲光行書《梅花五十詠》祝允明、文徴明、呉昌碩等跋1353年《南枝春早図》 絹本墨画台北故宮博物院上向きの梅題:和靖門前雪作堆。多年積得滿身苔。疎華箇箇團冰玉。羌笛吹他不下來。(『竹斎集』「素梅五十八首」其48)癸巳夏五。會稽王元章自南作。印:竹齋圖書、文王孫、會稽佳山水1355年至正十五年乙未《墨梅図》纸67.7×25.9上海博物館滬1—0203△倒梅題詩5首9方印江南十月天雨霜,人間草木不敢芳。獨有溪頭老梅樹,面皮如夷生光芒。朔風吹寒珠蕾裂,千花萬花開白雪。彷彿瑤台群玉妃,夜深下踏羅浮月。銀鐺泠然動清韻,海煙不隔羅浮信。相逢漫說歲寒盟,笑我飄流霜滿■。君家白露秋滿缸,放懷飲我千百觴。氣酣脫穎恣盤礡,拍手大叫梅花王。五更窗前博山冷,麼鳳飛鳴酒初醒。起來笑揖石丈人,門外白雲三萬頃。1355年《墨梅図》 紙本墨画155.0×57.3正木美術館倒梅、大幹繁枝朔風蕭蕭(吹寒)脫繁木,石溜潺潺出空谷。荒村野店少人行,獨有寒梅照寒渌。玉質燦燦無纖埃,春風不來花自開。平生清苦能自守,焉肯改色趨樽缶?我與梅花頗同調,相見相忘時索笑。冰霜歲晚愈精神,不比繁華易凋耗。長安多少騎馬郎,尋芳競集桃李場。東家買酒西家嘗,引得世間蜂蝶忙。(『竹斎集』「七言長句梅花四首」其三)乙未季穐七月望会稽農王冕元章寫印:長、会稽佳山水、王元章、竹齋圖書、方外司馬1359年王元裕題詩…清乾隆内府→広東韓榮光珠船・潘正煒(1791-1850)季彤→日本西園寺・住友家→正木家《照水古梅図》紙本墨画所在不明題詩が枝を遮る構成1357年《南枝春早図》 絹本墨画台北故宮博物院倒梅(垂下する枝)《墨梅図巻》 紙本墨画31.9×50.9北京故宮博物院北宋華光仲仁の墨漬法(点花法、花弁を墨暈で描く)で紅梅を表す題:吾家洗硯池頭樹,個個花開淡墨痕。不要人夸好顏色,只留清氣滿乾坤。王冕元章為良佐作。「王元章」「文王子孫」「方外司馬」「会稽佳山水」印《墨梅図》 絹本墨画145.0x97.0宮内庁三の丸尚蔵館霜華浮影月昏昏(月明海底夜無烟),恰似西湖雪後天。清気逼人禁不得,玉箫吹上大楼船。(『竹斎集』「素梅五十八首」其四九)元章爲教叟作織田信秀→名古屋万松寺→1880皇室に献上上記李衎の墨竹と対幅として、江戸時代山本梅逸らへ影響《墨梅図》纸90.3×27.6上海博物館滬1—0204△《墨梅図》絹・墨113.1×49.8メトロポリタン美術館A1-4《墨梅図》絹・墨エール大学ギャラリーA12-18《墨梅図》絹・墨141.0×74.9プリンストン大学美術館A16-95《月下梅花図》絹・墨164.5×94.5クリ-ブランド美術館A22-61海雲初破月團團,獨鶴高飛(歸來)夜未殘(闌)。一片(笙)笙箫湖水上,玉妃含笑(無語)倚闌幹。(『竹斎集』「素梅五十八首」其四三)山農王元章作印:竹齋圖書、方外司馬清乾隆内府→董誥(1740-1818)《墨梅図》紙・墨92.4×31.7京都国立博物館JM11-38日本室町作?《墨梅図巻》絹・墨25.7×万俵次郎コレクションJP59-2

参考書 歸去來兮―趙孟頫書畫珍品回家展特集西泠印社2007年下記展の大型図録中国書法全集43、44趙孟頫一、二黄惇等編北京 榮宝斎2002年唐僧取経図冊東アジア善本叢刊第1集磯部彰等編二玄社 2001年世界美術大全集東洋編7元海老根聰郎、西岡康宏編小学館1999年故宮博物院3元の絵画小川裕光、救仁郷秀明NHK出版協会1998年元時代の絵画板倉聖哲等担当大和文華館図録1998年島田修二郎著作集2中国絵画史研究 中央公論美術出版社1993年鈴木敬中国絵画史中之二元吉川弘文館1988年ジェイムズ・ケーヒル/新藤武弘訳江山四季元代の絵画明治書院 1980年基本史料元湯垕画鑑1330年頃米芾の影響の強い絵画批評元夏文彦図絵宝鑑1365年序1336至元二年までの1500余人の画家の略伝元末呉太素/島田修二郎校註松斎梅譜広島市立図書館編1988年参考サイト中国古代名画元中国絵画千年巡礼展覧会“趙孟頫書画特展”2017年9月6日-12月5日(中間展示替)北京故宮博物院武英殿(終了)2004年湖州博以来の最大規模の展示。北京故宮、上海博物館、遼寧省博物館等所蔵の趙孟頫の書画など107件。趙孟頫芸術の淵源、成就、影響、真贋の4章構成。“歸去來兮―趙孟頫書畫珍品回家展”2007年9月28日-10月17日湖州市博物館(終了)北京故宮博物院、上海博物館、遼寧省博物館、浙江省博物館、湖州市博物館藏の趙孟頫書畫39件“大汗的世紀展—蒙元時代的書畫藝術”2001年台北故宮博物院(終了)「大汗的世紀 蒙元時代的多元文化與藝術」展のデジタル版72件書画画像

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元時代絵画の変2002.11.3作成

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